富士宮の民俗行事1 田植えの民俗行事
2011年06月29日掲載
田植えに関連する民俗行事を紹介します。
富士宮市内では、集落ごとに様々な民俗行事が伝えられ、今も受け継がれてきています。その中で、今回は、田植えに関連する民俗行事「田の神送り」と「馬鍬洗い」を紹介します。
1.田の神送り
田植えの終わった五月末~六月初め頃、富士川西岸の内房地区では、「田の神送り」と呼ばれる行事が行われています。田植えが終わった後に田んぼの神を集落の端まで送り、豊作を祈願する行事だとされ、尾崎・落合・相沼の集落で行われます。
尾崎集落では、集落の田植えが全て終わると、「田の神送り」が行われます。年によって田植え時期は前後しますが、人の集まりやすい日曜日が選ばれます。
夕方、集落内にある本成寺の境内に集落の人々が集まりだすと、まず読経が行われます。本成寺の僧侶と「内房本成寺十二日講」のたすきをかけた女性たちが団扇太鼓を叩きながら祭壇の前で題目などを唱えます。唱え言葉の中には「八幡大菩薩」や「部落安全」の語があり、行事と氏神社(八幡宮)との関係性が伺われます。なお、尾崎地区の氏神社は本成寺境内南端に位置し、田の神送りに用いる太鼓などの道具が置いてあります。
読経が終わると、担ぎ棒に提げた太鼓を先頭に、ゴヘイを持った大人・子供が行列して本成寺を出発します。参加者は年齢・性別も様々ですが、太鼓を担いだり叩いたりするのは子供たちであり、子供の行事としての性格も伺えます。
行列は「田の神送れ」と唱えながら集落を回ります。以前は、富士川まで行き、橋の上からゴヘイを富士川に流していたそうです。現在は、富士川河川敷の手前でゴヘイを回収して終了します。行列が終わると、参加者は「おぶっこ」(註1)をもらい、家路に着きます。
ゴヘイは、長さ30~50センチメートル程の笹竹に紙飾りをつけたもので、それぞれが手作りします。紙飾りは、正方形やヒトガタ、紙垂など家により様々です。田んぼの形=正方形に切るという人もいます。しおれてしまうため、ゴヘイは当日作成して持ち寄ります。なお、回収したゴヘイは盆行事(註2)の際に焼きます。
2.馬鍬洗い
富士宮市内では、田植えを終えた後に「馬鍬洗い」(まんがれい、まんがらい)と呼ばれる行事が行われてきました。田植えが済むと、代掻きから田植えまで使ってきた馬鍬(まんが)などの道具が不要になるので、これを洗い清めるものです。
馬鍬は、馬に牽かせて田んぼを耕す道具で、かつては各家で馬や牛を飼い、馬鍬・牛鍬などで耕すことが多く行われていました。現代では、代掻きには馬鍬の代わりにトラクターや耕運機などの機械が使われ、馬鍬洗いの際には田植え機などの機械を掃除する家も多くなりました。
また、家によっては洗い清めた道具に神酒や供え物をあげることもあり、「馬鍬洗い」には田植えが無事終了したことを感謝する意味もあると考えられます。
なお、馬鍬洗いの日は農作業を休む「農休」であり、田植えの重労働を終えた身体を休める日でもありました。かつては稲の裏作として麦を栽培していた農家も多く、麦の収穫後にあたるため、小麦饅頭などを作ってご馳走を楽しむこともありました。
機械化が進んだ現代では、農作業は昔とは比べ物にならないほど能率的になりました。田植えも家ごとに家族や親戚が集まり行うことがほとんどですが、機械のなかった時代は手植えだったため、家単位では手が足りず、「結」(註3)などの共同作業で行われました。田植えの日取りや農休も集落ごとに決められ、「馬鍬洗い」の日には集落中が一斉に農休を取りました。現在では馬も馬鍬も見られなくなり、「農休」の風習も行われなくなりました。それでも、田植えを重要な農作業と考え、田植えの終了をもって農作業に一区切りをつける考え方は今も引き継がれています。
3.まとめ
「馬鍬洗い」は各家で行われ、「田の神送り」は集落単位で行われる行事ですが、どちらも田植えの無事な終了を感謝し、今後の豊作を祈願する思いが込められています。
機械化の進んだ現代においても、田植えは重要かつ労力の要する農作業であり、大きな区切りのひとつとして意識されています。田植えのやり方は大きく変わりましたが、田植えの民俗行事には今も同じ豊作への願いが込められています。
註1)「おぶっこ」は、仏前に供える米飯「御仏供」(おぶっく)が転訛したものと考えられる。行事の際に「おぶっこ」や「おぼっこ」と称する赤飯のおにぎりや菓子等を配る風習は市内各地域で見られる。尾崎地区の田の神送りの「おぶっこ」は、かつては赤飯のおにぎりだったというが、現在は菓子パンなどである。
註2)富士川流域では特色ある盆行事が行われる。尾崎地区では、「投げ松明」や「カワカンジョウ」が行われている。
註3)「結」とは、田植えや刈取など人手の必要な農作業の際に、お互いに手伝い助け合うこと。
(学芸員 梶山沙織)
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